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AIモデルが『Vogue』を飾った夜ーーファッションが問う「誰の美しさ?」 データでできたマネキンが、聖域に立つ

2025年7月。

ファッションの聖典『Vogue』のページに、実在しないモデルが登場した。GUESSが起用したAI生成モデル——つまり、実在する服を、存在しない身体が纏ったのだ。

それは単なる技術のショーケースではない。ファッションという「人間の感覚装置」が、いま何を美しいと感じ、どんな未来を選ぼうとしているのか——その問いを、静かに突きつける事件だった。SNSではすぐに議論が燃えた。「モデルの仕事を奪うのか」「CGで十分じゃないか」——でも、もう少し深く考えてみたい。AIモデルが揺さぶっているのは雇用の問題ではなく、「誰の美しさが正しいとされてきたのか」という、美の根本構造だからだ。AIが生み出す“美”は、ゼロからの創造ではない。過去に撮られた無数の写真——誰かの身体、誰かの視線、誰かの欲望——を学び、平均化し、最適化してつくられた“最も無難な美”。

つまり、AIモデルは新しい存在ではなく、むしろ「古い美の総集編」だ。しかも、誰がその編集長なのかも曖昧なまま。アルゴリズムは中立を装う。けれど、実際には偏見を再生産する最も巧妙な仕組みでもある。ファッション誌のページに登場したこの“デジタルのマネキン”は、まるで鏡のように僕らの時代を映し出している。

Doveが撃った、まっとうな一発

実はこの流れを予見していたブランドがある。

2024年、Doveが「AIの美的偏見(AI Beauty Bias)」をテーマにキャンペーンを展開した。そこに映し出されたのは、AIが描く“理想の女性像”——驚くほど均一で、驚くほど狭い世界だった。Doveはずっと「リアルビューティー=多様性の肯定」を掲げてきた。でもAI時代にその理念は、また違う角度で試されている。AIモデルが出てくることで、ファッション業界は“リアルな身体”を必要としなくなる。スケジュールは乱れない。ギャラ交渉もない。炎上リスクもゼロ。完璧にコントロール可能な「理想の存在」が、スクリーンの中に生成されていく。だけど、それって本当にファッションなのだろうか? それとも、ただのCGレンダリングされた「広告用の幻影」なのか?ファッションはもともと、身体と世界の対話だった。布が肌に触れ、動き、街を歩く。そこに“生きている誰か”がいるから、服は意味を持ってきた。

AIモデルがその身体性を切り離したとき——ファッションはどこへ行くのか。

BBCの報道も、この出来事を単なる業界ニュースとしてではなく、「AI時代の美意識そのものをめぐる転換点」として紹介している。AIモデルは、こう問いかけているのだ。

「美しさって、誰が決めてきたの?」

「そして、これから誰が書き換えるの?」

美をアップデートするのは、誰かの「想像力」

ファッションはいつだって、時代の欲望と抑圧を映してきた。コルセットが女らしさを形づくり、ミニスカートが自由の象徴となったように。AIモデルもまた、この時代が“何を美しいと見なしたいか”を語っている。ただし、いまその語り手は人間ではない。データセットとアルゴリズムだ。GUESSと『Vogue』のコラボは、ファッション史に残る象徴的瞬間になるだろう。だがそれは祝祭ではなく、むしろアラームだ。いま起きているのは「美の民主化」ではなく、「美の自動化」だからだ。Doveのキャンペーンが示したように、いま必要なのはAIに“美”を任せることではない。

AIがどんな“美”を学んでいるのか——そのデータを、きちんと批評することだ。そこに含まれない身体、これまで語られなかった身体を、もう一度照らし出すこと。

その想像力こそが、ファッションにまだ人間の余地を残す。AIモデルが『Vogue』を飾った夜、僕らは「未来の美」を見たのかもしれない。けれど、それが誰の物語になるのかは、まだ決まっていない。評を通して、「美の自動化」とファッションの未来を問う。

出典

[1] BBC News「AI model features in US Vogue in fashion first」(2025年7月26日)

https://www.bbc.com/news/articles/cgeqe084nn4o

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